マミコのひとりごと。

面白かった本をご紹介致します

宮部みゆき きたきた捕物帖

 深川元町の岡っ引き、文庫屋の千吉親分は、初春の戻り寒で小雪がちらつく昼下がり、馴染みの小唄の師匠のところで、熱燗をやりながらふぐ鍋を食って中毒って(あたって)死んだ。享年46、親分は役者のようないい男で、若い頃から女にもてたが、四十路に入って渋みが増してからは、さらにもてはやされるようになった。

 親分の通り名〈文庫屋〉の由来はそのまま、本業が歴本や戯作本、読本を入れる文庫〈厚紙製の箱〉売りだからである。

 物語の主人公 北一は、16歳の若者で、幼い頃に迷子になったところを、千吉親分に拾われ、今では末の子分をしている。と言ってもメインの仕事は、千吉の本業の文庫売りである。

 親分の死後、岡っ引き稼業は止めることになり、文庫屋は一の子分の万作と、その女房のおたまが引き継ぐことになったが、二人は親分の恩を忘れ、千吉の盲目の妻 松葉を追い出そうとする。

 千吉と親しかった差配の富勘は、これを怒り、夫婦と話しをつけて松葉に看板料を払わせ、松葉はその金で住まいを借り、女中のおみつと共に家を出ることになった。

 北一も富勘の世話になり、文庫売りを続けながら、富勘長屋に落ち着くことになる。

 気弱で岡っ引きとしては、まだまだ見習いの北一であったが、富勘や松葉、武士の 青梅新平兵衛など、周囲の大人たちに目をかけられながら、様々な事件や騒動に関わって、謎を解き明かしていく。

 また、相棒となる喜多次と出会い、随分と助けられることになる。

 北一と喜多次で「きたきた捕物帖」これは北一の成長の物語でもあります。

 久しぶりに宮部みゆきの時代劇を読みましたが、江戸情緒が感じられ、痛快でありながらも人情味も感じられる、宮部さんらしい作品でした。

 シリーズということですので、続編が楽しみです。

 

染井為人 正体

 埼玉で、一家3人を惨殺し、死刑判決を受けている少年死刑囚、鏑木慶一  当時18歳が脱獄した。

 殺されのは、当時29歳だった井尾洋輔、妻の千草27歳、二人の息子 俊輔2歳である。

  ただ一人殺されなかったのは、50代の洋輔の母だけであった。

 争う物音を聞いた隣人の通報で駆け付けた警察官によって、鏑木はその場で逮捕された。一度は罪を認めたものの、彼は法廷で無罪を主張した。

 しかし状況証拠は、すべて彼に不利であり、彼は死刑を宣告されたのである。

 ある時は、東京オリンピック施設の工事現場のアルバイト、またある時は、ライフニュースを発信するメディア会社の在宅ライター、スキー場の旅館の住み込みバイト、製菓会社のパン工場で働きながら、新興宗教の悪事を調べるなど。

 様々な場所で潜伏生活を送りながら、捜査の手を逃れ、逃亡を続ける彼の目的は何なのか?

 そしてついに、人手不足に喘ぐグループホームの介護職のバイトになった時、彼のとった行動は?

 事件の残虐性を見ると、鏑木は死刑が当然の極悪人に見えますが、名前を変え逃亡を続ける彼は、礼儀正しく、控えめで、心優しい善人にしか思えません。

 だから、逃亡先で彼に出会った人々は、彼が鏑木ではないかと疑いながらも、彼を信じたくなり、警察に通報することを躊躇うのです。

 最後は悲しい結末になってしまい、残念でしたが、とても読み応えのある作品でした。

 染井為人、また好きな作家が一人増えました。

月村了衛 欺す衆生(だますしゅじょう)

 月村了衛の作品を初めて読みました。

 横田商事に数ヶ月前に入社した隠岐隆は、会長の様子を見て来いと上司に命じられたばかりに、会長が刺殺される場面に遭遇してしまう。

 横田商事が悪辣な詐欺商法を働いていると知りながら、30万円の固定給と10パーセントの歩合に惹かれて入社してしまった自分が悪いのだ。

 地方の国立大学を出て、堅実な地元企業に就職し、取引先の事務員であった淑子と結婚した。

 平凡でも幸せな生活がずっと続くと信じていた隠岐であったが、淑子の叔父に騙され、必ず返すからと消費者金融から金を借りさせられて、その金を持ち逃げされてしまう。過酷な取り立ては勤め先にもやって来て、隠岐は退職せざるを得なくなる。

 そしてやむなく入社した横田商事は、被害総額2千億円に上る戦後最大の詐欺事件を起こし、その悪質さは、他に類を見なかった。大勢の老人が老後の資金を騙し取られたが、その莫大な収益の行方は未解明のままである。

 それから5年、文具メーカーに再就職し、うだつの上がらない隠岐の前に、同じく元横田商事の因幡充が現れる。因幡隠岐にパートナーとして一緒にビジネスをやろうと持ち掛ける。全うなビジネスではない。詐欺である。

 断ろうとする隠岐に、因幡隠岐が元横田商事社員であると周囲にばらすと脅す。

 他に選択肢のない隠岐は、妻子に内緒で会社を辞め、因幡と行動を共にする。

 原野商法から海外ファンドまで、隠岐因幡は様々な詐欺の手法を考え、実行してゆく。悪事に手を染めることに、隠岐は戸惑いを感じながらも、次第に才能を開花させてゆく。

 二人の成功を嗅ぎつけ、経済ヤクザの蒲生が近づいて来て、彼の属する暴力団とも付き合わざるを得なくなる。また因幡は、横田商事の元社員を次々と入社させるが、それが内部分裂を生むことになり、更なる強欲な悪人を呼び寄せることにもなる。

 隠岐の願いは、妻や二人の娘たちとの温かく幸せな家庭生活であったが、暮らしは豊かにになっても、忙しさにかまけて、娘たちの教育や家族のことをおろそかにしてきた隠岐に妻や娘たちの態度は冷たい。

 たまに早く帰っても、誰も彼と話そうともせず、家は冷え冷えとしている。

 そして今度は、隠岐の長女が結婚詐欺の被害に遭うはめに………。

 隠岐が行き着いた先に見えるのは、光明か地獄か?

 700ページを超える長編でしたが、ほとんど一日で読んでしまいました。

 まさに、読みだしたら止まらない、ページを捲る手が止まらない作品でした。

 詐欺が悪事であることに違いありませんが、隠岐は横田商事の教訓から、年寄りのなけなしの老後資金や一般の人たちのわずかな貯金をかすめ取るような真似はしません。

 ターゲットはあくまで金持ち、それも欲の皮の突っ張った資産家で、金があるのにもっともっと設けてやろうとする人間ばかりです。

 彼の仕事の仕方は慎重で、なかなか尻尾を表さない巧妙さもあります。

 もし、妻の叔父に騙されなかったら、隠岐は悪に手を染めることもなかったでしょうし、詐欺師であっても何故か応援したくなってしまいます。

 また、隠岐のおかげで贅沢に好き勝手に暮らしているにもかかわらず、隠岐に対して少しも感謝もせず、優しい言葉をかけようとしない家族にも腹が立ちます。

 最後にはすべてが解決し、一見ハッピーエンドのようでもありますが、これで本当によいのか?これで幸せと言えるのか?と問われるようなラストでした。

 しかし、何はともあれ やあー、面白かった!

 

垣谷美雨 もう別れてもいいですか

 原田澄子は58歳、給食センターでパートをしながら夫と二人暮らしをしている。

 長女は東京で区役所に勤めており、一人暮らし。次女は結婚して夫、息子と共に名古屋に住んでいる。

 澄子の夫は、暴力をふるうわけでもはなく、浮気やギャンブルに現を抜かしているわけでもない。生活費も一応いれてはくれる。世間的に見れば、別に悪い夫とは言えないかも知れない。

 しかし澄子は、もう夫と同じ空気を吸うのも嫌なのである。

 結婚以来ずっと夫に虐げられて暮らしてきた。いつも馬鹿にされ、暴言を浴びせられる。何をしてあげても感謝されたことなど一度もない。

 そんな生活を続けて来たせいか、澄子はすっかり自信を失い、何でも自分が悪いと思う癖がついてしまった。

 なんとか離婚したい。でもお金がない!経済的不安が付きまとう。それに狭い田舎町のこと、世間体が悪いという気持ちからなかなか踏ん切りがつかない。

 だが、同級生の美佐緒が離婚したことに背中を押され、親切な弁護士のアドバイスもあって、澄子はついに家を出る決心をする。

 垣谷さんの作品は、どこにでもいる平凡な中年や初老の女性が主人公であることが多く、とても身近に感じられます。

 特別取柄のない平凡な主婦でも、みんなその人なりに努力し、懸命に生きている。

 誰からも軽んじられたり、馬鹿にされる言われはないのです。

 そんな平凡な女性の決断と自立の物語。

 世間体を気にせず、自分の力で新な人生を切り開こうとした澄子にエールを送りたくなりました。

染井為人 悪い夏

 26歳の佐々木守は、生活保護受給者のもとを回るケースワーカー

 同僚の高野洋司が、生活保護の打ち切りをちらつかせ、ケースの女性に肉体関係を強要していると知り、真相を確かめようと、その女性 林野愛美の家を訪ねる。

 愛美の娘 美空にクレヨンを買ってやったことが切っ掛けになり、守は愛美のもとに通うようになる。女性に免疫のない守は、愛美に好意を持たれていると思い、同棲を始め結婚も考えるようになる。

 しかし、それは彼の転落人生の始まりであった。

 腰痛持ちだと言って、すっかり回復しているにもかかわらず、仕事を探そうとしない小悪党。息子から援助を受けているのを隠し、収入がないという老女。

 愛美もそうであるが、みんな生活保護の不正受給者である。

 そこに東京進出を目論む地方ヤクザの金本や、守の同僚で一見仕事熱心、正義感が強く勝気な女性 宮田有子の存在が複雑に絡まり合って来る。

 平凡だが、ただ真面目に仕事と向き合って来た守が、何故陥れられ、悲惨な境遇に叩き落されなくてはならなかったのか?

 守のとった行動は、決して褒められたものではありませんが、ここまで酷い目に合うのは、あまりにも可哀そうだと思いました。もう少しなんとか救われないのか と。

 生活保護の不正受給は、大きな社会問題です。

 弱者を装い、国から金を貪る連中がおり、その金は真面目に働いている人々の血税によって賄われています。

 しかし、これは立場によって随分見方が変わりますね。

 中山七里の「護られなかったものたちへ」は、本当に生活に困窮し、身寄り頼りのない老女が生活保護を受けられず、餓死してしまう話で、なんと酷いケースワーカーがいるものだ と憤慨したものでした。

 でもこの「悪い夏」に出てくるほとんどのケースは、あきらかに怠け者で、こんな奴らに生活保護を与えていたら、真面目に働く者が報われない と思いました。

 そしてこの作品でも、本当に困っている人には、受給が認められず、その人は自殺してしまうのです。なんと理不尽な!

 これらはみな、杜撰な審査が原因と言えるでしょう。

 骨の折れる仕事だとは思いますが、きちんと審査し、本当に生活保護を必要とする困窮者だけに支給してあげてほしいものですね。

中山七里 笑えシャイロック

 帝都第一銀行に勤務する結城真悟は、勤続3年目の春に新宿支店の渉外部に移動になる。それまで都内の大型店舗で営業部に属し、自分では出世競争で、同期に先んじていると認識していた結城は落胆する。債権を回収する渉外部は、営業部の表道に対して裏道だからである。

 しかし、渉外部の先輩 山賀雄平との出会いによって蒙を啓かれる。山賀は債権回収に関しては右に出る者ない腕前で、シェイクスピアの「ヴェニスの商人」に登場する強欲なユダヤ人の金貸しに因んで「シャイロック山賀」という綽名を付けられていた。

 利息支払いを滞らせた債務者に対して破産申し立てを進めるなど、容赦のない態度に出る山賀であったが、やがて結城は、山賀の行動は金融業務についての確固たる思想に貫かれていることを理解し、山賀に尊敬の念を抱くようになる。

 山賀の背中を追い、業務に邁進する結城。しかし、山賀は何者かに殺害されてしまう。

 事件発生後、結城の前に新宿署の諏訪公次という刑事が現れ、彼に捜査協力を持ちかけてきた。事件の背景に帝都第一銀行の隠れ不良債権の問題があることが予想されるからである。

 山賀の仕事を引き継ぐことになった結城は、巨額の債務者たちと交渉する。

 金を回収する案を立てるためには、相手について深く知らなければならない。

 それぞれが殺人事件の容疑者でもあるのだから、容疑者の可能性を探ることにもなるのだ。

 また、不良債権を抱えたままでは、水面下で進んでいる東西銀行との合併で、帝都銀行の立場は不利になってしまう。

 身勝手な理屈をこねる債務者達に、時に結城は、身の危険を感じながらも立ち向かい、回収プランを実行してゆく。

 しかし犯人は意外なところに…………。

 場当たり的な運営が続いたために、強度が著しく損なわれた日本の経済活動。

 誰も責任を負わないという倫理観の欠如がもたらした腐敗の構造。

 山賀が教え、結城が受けついだのは、それらに対する反発と自分の信念を貫く勇気です。

 池井戸潤半沢直樹シリーズを読んだ時も思いましたが、銀行小説は面白いですね。

 私達が知らない銀行の内部、こんな仕事もしているんだ!と驚かされることが大変多くて興味深いです。

 そして思いがけないラスト。中山七里さん 本当にいろんなジャンルの作品を書かれるんだなあ!と唯々感心しました。

宇佐美まこと 熟れた月

 宇佐美まこと の作品を初めて読みました。

 物語は、弥生という女性が男を刺す場面から始まる。男が倒れていて、自分の手には包丁がある。どうしてこんなことになってしまったのか、その事情が短く語られるが、真相には触れていない。

 場面が変わって、ファミリーレストランでバイトする女子高生 平野結の視点で話は進行する。

 そのファミレスで、彼女が憧れる高校の先輩、阿久津佑太の母親が男としばしば会っているのを結は目撃してしまう。なんだか不穏な雰囲気で、男が佑太の母親を脅しているように見える。

 ある日、一人でやって来た佑太の母親は、げっそりとやつれ、目は腫れぼったい。

 公衆電話から短い電話をかけると、テーブルに突っ伏し、トイレから長い間出て来なかった。飲み物にも手をつけず、出て行こうとした彼女に、結は忘れ物のハンカチを渡そうと彼女を追いかける。

 「阿久津先輩のお母さんでしょう?」と確認した結に、阿久津の母親は、佑太に伝えてほしいと頼む。

 「ウーピーパーピーの木の下に埋めた。そこに埋めたら、何もなかったことになる。初めっからやり直せる。すべてうまくいく」と

 意味はわからないものの、結は佑太に伝言を伝えようとするのだが、桜並木の続く土手道で待っていると、柏木リョウ という少年が現れて、「もう君は阿久津に会えないんだ」と言われる。土手への道を急ぐあまり、横断歩道のない道を渡る時に、トラックにはねられ、結は命を堕としたのであった。

 何故死んだはずの結に意識が残っていたのか?

 この柏木リョウという少年も、結がそれまで度々相談に乗ってもらっていた、メル友のKENという謎の人物も、後のストーリーに大きく関わってくる。

 癌で余命宣告されたヤミ金業のマキ子。

 借金が嵩んで首が回らなくなり、顧客の金を使い込みんで銀行を懲戒解雇され、今はマキ子に拾われて取り立て屋をしている乾。

 生まれてから車椅子の生活しか知らない身体の不自由な博。

 過酷な人生を生きて来たそれぞれの人達の運命が絡み合った時に、どんな変化が生まれるのか?

 最初の場面が、後の展開とどう繋がってゆくのか が非常面白く、スリリングで、一気に読んでしまいました。

 面白い作品を書く、まだまだ読んだことのない作家が沢山いるのだなあ とあらためて実感しました。